多文化精神医療  ー自然、風土、文化、そして、こころー

多文化精神医療 ー自然、風土、文化、そして、こころー

¥3,740

加速するグローバル化、置き去りにされるこころの問題
重層化する多文化間精神問題の調律を試みる精神科医の挑戦のあゆみ

入国管理法改正に伴い、日本の外国人受け入れは新たな段階を迎えようとしている。経済的な要請から否応なしに進むグローバル化に対して、こころの問題を抱えた外国人を支える精神医療環境は極めて脆弱と言わざるを得ない。
普遍性と効率性を追求する地球規模のグローバリゼーションの流れの中で、こころを持つ存在としての個人が異なる文化的背景を持つ人々とつながっていく意味は見失われ、異文化との摩擦によりゆらぐアイデンティティがさまざまなこころの問題を引き起こしている。
著者は大学で研究を続けながら自らクリニックを開設し、多文化間葛藤に端を発する重層的なこころの問題に対し、臨床の最前線に立って文化のコンテクストに沿った診療を実践してきた。風土的関心から文化の魅力に導かれ、患者の立場に立った多文化間精神医療を探究し続ける第一人者による、40年に及ぶ多文化共生社会創造への道のりをまとめた大学退職記念論文集。

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A5判上製(148×210ミリ)
330頁
定価 (本体3400円+税)
ISBN 978-4-904380-82-6 C3047
2019年3月20日発行

著 者

阿部 裕

1950年群馬県生まれ。
1976年、順天堂大学医学部を卒業し、明治大学文学部史学地理学科に編入、2年間風土学を学ぶ。順天堂大学を経て、1981年から自治医科大学精神医学教室、宮本忠雄教授のもとで、精神病理学、多文化間精神医学を学ぶ。1989~90年にかけて、スペインのマドリード大学医学部精神医学教室へ留学。1996年から順天堂大学スポーツ健康科学部の助教授、教授を経て、2003年4月から明治学院大学心理学部教授。
2006年3月、外国人を中心に診療する多文化外来として、東京都心に「四谷ゆいクリニック」を開設(院長)。
医学博士、精神保健指定医、精神科専門医。多文化間精神医学会理事長、日本社会精神医学会評議員など。
著書に『ドン・キホーテの夢』(星和書店、1996年)、『多民族化社会・日本』(共著、明石書店、2011年)、『実践医療通訳』(共編著、松柏社、2015年)、『あなたにもできる外国人へのこころの支援』(共著、岩崎学術出版、2016年)ほか多数。

あとがき(本文より)

本書は、私が精神科医になり、順天堂大学を経て自治医科大学に入局して以来、明治学院大学を退職する約40年の間に書き表した多文化間精神医学に関する論文の中から、自分の気に入った20編を選び、そのうちの6編をまとめなおし、最後に書き下ろし1編を加えた、退職記念論文集である。すでに鬼籍に入られている恩師、宮本忠雄先生(自治医科大学名誉教授)、90歳を超えて今なおご健在な、アーロンソ・フェルナンデス先生(マドリード大学名誉教授)との出会いがなければ、この書は決して世に出ることはなかったと思っている。
人とは不思議な生き物である。人は嫌いで自然が好き、勉強は嫌いで遊ぶのが好き、語学は大の苦手、そうした私でも、40年近くかかれば、これまで書き記した論文をまとめて上梓できる。そのことに喜びを感じている。恩師に、同僚に、友人に、後輩に、教え子に恵まれ、ここまでやって来られたことを感謝している。

グローバル化、IT化が席巻し、人のこころは社会の片隅へあるいは底辺へと追いやられていく。さらに、効率化、スピード化、競争化が拍車をかけ、こころ優しい人たちは、現代社会の中で、いよいよ生きづらくなりつつある。人は、春夏秋冬を持つ季節、草木を育てる大地、月や太陽を抱くコスモスという自然の循環から離れて、タワーマンションが立ち並ぶ大都市やのっぺらぼうなIT社会で生きていくことに、もう何の疑問も抱かなくなっているのかもしれない。
本書の目的は、実は、人が自然に出会い、自然と折り合いをつけ風土を形作り、その中で人が生きやすいように独自な文化を作り上げ、そうした文化の中で一人一人がこころの歴史を形成していき、もし、こころの歴史が破綻した時には、再び文化の中に立ち戻り再構成していく、そのようなこころの流れを描くことであった。文化と文化の狭間で、精神科医に一体何ができるのか、私は、破綻したこころの再構築のお手伝いが少しでもできればいいと思っている。それは、うまくすれば、患者のもつレジリエンスの力へ繋がるかもしれないから、こころ優しい人たちが、生きやすくなる社会、すなわち自然な循環をもち、こころ穏やかに生きられる社会になることを切望してやまない。
(略)

目 次

プロローグ 多文化間精神医学への道

第1部 自然・風土・コスモス
統合失調症と風土
死ねない体 ―生・死・再生―
伊豆利島における老人の精神保健
―隠居慣行と「モリ親制度」を通して―
メランコリーとコスモロジー

第2部 多文化間精神医学
精神医学の領域における文化摩擦
多文化間精神医学の歴史と展望
多文化間メンタルヘルスの動向と実践
多文化間精神医学の未来

第3部 比較文化
うつ病性妄想の日本的特質
スペインと日本におけるうつ病の比較文化精神医学的研究 ―うつ病者の病前性格を中心に―
スペイン文化の深層
―躁うつ病者に対する比較文化的視点を通して―
ラテンアメリカ人の精神科的診断と治療

第4部 多文化と医療
日本における外国人精神医療の動向
クリニックにおける外国人のこころの支援
グローバリゼーションと在日外国人のこころの問題
精神医療におけるコミュニティ通訳の必要性

第5部 多文化とレジリエンス
多文化共生社会におけるこころの問題とその予防
こころのグローバル化 ―外来精神科医療の視点から―
移民・難民の臨床的視点から見た多文化共生社会の在り方

エピローグ 文化とこころに寄り添う

あとがき