風の歌を聴きながら ~統合失調症は私の財産、人生とは最後まで生き抜くこと~

風の歌を聴きながら ~統合失調症は私の財産、人生とは最後まで生き抜くこと~

¥1,760

統合失調症を発症して45年。

いまや古希を迎えた著者が、22年間の病棟生活や、ともに生きた人々の姿を温かな視線でたどります。

生の根源から生まれた情感豊かな短歌を織り交ぜ、生きる希望をこころにともすメッセージ。

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四六判(128×188ミリ)
240頁
定価 (本体1600円+税)
ISBN 978-4-8391-0800-7 C0095
2009年11月30日発行

著 者

東瀬戸 サダエ

昭和十三年鹿児島県生まれ。昭和三十九年統合失調症を発症。七十一歳の現在まで四十五年間向精神病薬を服用。この間六回入院。延べ二十二年間病棟生活を送る。三回目の入院の時に短歌に出会い、平成十五年、短歌集『重きものを負ふ』を上梓。精神病を抱える当事者、家族の間で大きな反響を呼んだ。現在、統合失調感情障害に病名変わる。療友(とも)と二人暮らし。

書 評 (精神科医 中井 久夫)

真珠が真珠貝を作るに似た人生の営みを短歌にのせて

この本は、生涯をかけて統合失調症をとおりぬけて古希を迎えた女性の自分史である。彼女は一九三八年に鹿児島の貧しい農家の第八子(末っ子)に生まれ、二二歳の時、神戸に出て働いて発症し、以来四五年、そのうち二二年を精神科病棟で過ごした。

最初のころは不安発作が週一回あって、悪いほうに考えが向かい、手かざしでよくなったりもするが、二六歳の時、カミソリで手首を切って自殺を図り、跡は生涯残った。しかし、年齢とともに躁鬱の気分変化が主になり、二一年このかた、六つ上の女性病者といっしょに住みながら、短歌を詠んでいる。

統合失調症といっても、千差万別である。人柄によっても、発症までの生きてきた事情によっても、病気に対する構え方によっても、もちろん治療の仕方、病棟の雰囲気によっても、精神医療の国家的方針の変化によっても、違ってくる。「闘病記」も病気の記録も案外参考にならない。これは一般の病気についてもいえることかもしれない。

この本は、闘病記でも病気の記録でもない。生活の記録、人生史、一個の人間の自分史である。ヒューマン・ドキュメントである。「統合失調症は私の財産、人生とは最後まで生き抜くこと」と長期療養に「腹をくくった」人の生活の記録である。

この本には七三首の歌が挟まれ、かつての平安女性の歌日記のようになっている。歌は、あるいは一時期の要約となり、また一時点での感懐の吐露である。歌が本文に奥行きとふくらみと情緒を添え、また、なだらかさとユーモアさえ与えている。たとえば、「病室にほのかな香りながれ来てひとりの患者の髪にたゆたふ」「スイートピーの花に小蜘蛛が糸を張る生きねばならぬ生きねばならぬ」の歌がある。巻末に集められた歌を眺めていると、つくづく、彼女にはヒマワリの花のような「向日性」があると思う。この向日性が周囲の人を動かす。実際に人が困るようなことがあったかもしれないが、この人の「人好きのするところ」が人を動かす人である。昔の人は「ひとたらし」という言葉を使った。

例はいくらでもある。レース編みを始め、作品をほしいものと交換していると、病院が一種の交換経済の場となる。病院地下室の美容室の手伝いを任され、これが一六年続く。五代目の美容師は退院後の彼女を雇おうとする。それが長続きはしなかったのは、病院では週一回だったのと違い、毎日早朝からという条件に加えて、疲れやすさ、眠気、気働きの難しさである。毎日でなく、週二回とか、隔日半日という時期を置けばかなり違ったかもしれないが、それはともかく、今八五歳の美容師はサッちゃんの電話をとても楽しみにしている。歌を始めたのは一九八四年、第三回の入院の際である。主治医が歌人だった。二年経って主治医は結社に入ることを勧める。四九歳の時である。
同居の女性との生活も相性が好くて安定しており、生活知も年とともに増えて、内職の上がりで県内旅行によく出ている。

最後に、水泳プールで出会った、川柳を詠む元物理教師との間に「波風を立てぬ恋でもう大人」の一年がある。彼は脊髄の病を持ち、死期をさとってであろう、「千の風になって」のCDを贈る。彼女の晩年を飾る美しい老いらくの恋である。こうなると、統合失調症を「私の財産」にしたのは、真珠を真珠貝が作るに似た命の営みだと感じてしまう。病気が人を豊かにすることもあるのだ。

「人好きのする人」を治療の目標に置いているのは、長野県の南信病院を作った近藤廉治氏である。そういう資質を予想よりも多くの患者が秘めているのではないだろうか。

精神科医 中井 久夫

「図書新聞」平成二十二年二月十三日付

目 次

第1章 発 症 就職/手首の傷/精神病院
第2章 太陽の子 家族/手伝い/幼き日/いろり/旧友の発病/集落の精神病者 他3篇
第3章 精神病棟 医師・看護婦さん/作業療法/再入院する人々/母の死 他17篇
第4章 世間とのはざまで 十七年ぶりの退院/美容助手/楽しかったこと/ここじゃなかど
第5章 短歌、療友 短歌との出会い/統合失調症はどうして起こる/デイケア/生活保護 他3篇
第6章 介 護 躁とうつ/姉の介護
第7章 不安のなかで 物忘れ/五回目の入院/開放病棟/短気/うつ状態と不安感
第8章 風 の 歌 千の風になって/犯罪/結婚/この世は美しい/流れのままに 他4篇
「家族の手記」 東瀬戸三郎・ヒロ子
解 説 「精神医療の歴史」精神科医 新里邦夫